ムーンショット型研究開発

研究開発項目3:気象情報の潜在空間表現

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気象予測情報の潜在空間表現に適した手法を開拓

本研究開発プロジェクトでは、海上豪雨を生成することにより、陸上における集中豪雨被害を避けることを目標としています。
そのために、気象の運命を、避けるべき陸上での豪雨に向かうシナリオから、海上豪雨の発生により大気中の水蒸気の量が減少し、豪雨被害がなくなるというシナリオにうまく誘導する必要があります。
ところが、例えば各地点での気温、湿度、風向きといった気象データを網羅的に記述すると、超高次元のデータとなり、予測や制御を行うための取り扱いが難しいものとなることが考えられます。
一方で、例えばもし、似たような気象場の状態から進行した先の気象場が、いくつかの典型的なパターンに分かれて行き、そのうちの1つのパターンが避けたいシナリオ、というようなことがあるならば、そのような抽象化された気象場の運命をうまく記述することで、制御の効率化が期待できます。
そのような、運命の分かれ道に関して重要かつ有効となる、本質的な低次元の自由度を抜き出す、ということを目標として設定し、研究を進めています。この本質的な自由度のことを、潜在空間表現、と呼んでいます。
気象制御に資する可能性のある潜在空間表現を獲得する手法として、大きく、レザバー計算、クープマンモード分解、ランドスケープ解析の3つのアプローチを用いて検討を進めています。

研究開発課題3-1レザバー計算を用いた気象情報の潜在空間表現

研究開発課題推進者: 徳田 慶太(項目長)

研究概要

低次元化技術とレザバー計算を組合せ、カオス力学系を精度よく時間発展させる方法を開拓します。
具体的には、特異値分解や機械学習などで気象情報を低次元化し、低次元空間の潜在変数をレザバー計算で時間発展させます。これにより、空間的な特徴量を捉える低次元化技術と、時間発展の学習が得意なレザバー計算を組み合わせる、新たな手法を開発します。

研究開発方法

気象場のモデルなど、偏微分方程式で記述されるような大自由度非線型系のシミュレーションを行い、得られた時系列を学習データとして用いてシステムの代理モデルを構築します。
学習モデルとしては、深層学習等の低次元化に優れた機械学習モデルによる低次元化と、時系列予測に優れたレザバー計算を組み合わせたモデルを用います。

研究開発の重要性

本プロジェクトでは、積乱雲の「組織化」と「非組織化」の分水嶺の特定、分水嶺のどちらに移行するかの運命の予測、予測に基づいた気象場の制御などが研究の視野に入っています。
例えば、線状降水帯が発生することになる気象場と、発生しない気象場を弁別する状況を考えてみると、組織化し始めた線状降水帯がある気象場と無い気象場がそれぞれ複数あるときに、線状降水帯がある気象場同士、あるいは線状降水帯が無い気象場同士は、何らかの意味で互いに“近い”と捉え、線状降水帯がある気象場と無い気象場の間は“遠い”と捉えることが必要になることが想定されます。ところが、線状降水帯がある気象場同士を、そのままベクトルとして扱いナイーブに内積やコサイン類似度をとっても、線状降水帯が細長い形状をしているため、位置がピッタリと重ならなければ、ほぼ直行してしまいます。一方で、画像認識に優れた深層学習は、物体の画面上での並進に対してロバストな応答をすることが可能ですが、これはモデルの応答に並進対称性が組み込まれており、物体の位置には依存しない画像の低次元な潜在表現への写像を構成しているからです。従って、深層学習等の低次元化技術は、気象場の低次元化に有望であると考えられます。
一方で、本プロジェクトの重要な要素である、予測という側面を考えると、非線型システムの予測にはレザバー計算が高い性能を持つことが知られています。レザバーは対象のダイナミクスを獲得することに優れており、学習後の内部状態やモデルを用いることで、軌道不安定性の定量化などが可能になります。従って、両者のアプローチを統合するモデルを開発することは、本プロジェクトにとって重要です。

取り組みにあたり予想される問題点とその解決策

レザバー計算の枠組みは、基本的には時系列を学ぶ機械学習の方法なので、対象のシステムの勾配成分やコンレイ・モースグラフなどの力学構造や軌道の大域的な分岐構造を抽出することは必ずしも得意ではありません。そこで、例えば制御すべき現象の特定などには、力学構造の抽出が得意な研究開発課題3-3気象情報のランドスケープ解析に基づく解析結果を参照し、協力しながら進めることとします。

メンバー

研究開発課題3-2クープマンモード分解による低次元化

研究開発課題推進者: 薄 良彦

研究概要

アンサンブル予測データを低次元化し、低次元空間でモデル予測制御(MPC)を解く計算量削減を狙います。
具体的にはクープマンモード分解(KMD)に基づく気象データの低次元化技術を開発すると共に、クープマン作用素を用いた制御数理手法の気象制御への応用手段を開拓します。

研究開発方法

低次元化のベースとなる技法として、クープマンモード分解(KMD)の数値計算アルゴリズムであるダイナミックモード分解(DMD; Dynamic Mode Decomposition)、機械学習と融合したDMD、クープマン線形化、固有直交分解(POD)を候補とします。
また、制御技法として、クープマンMPC、クープマンLQRなどを候補とする。複数の手段を並行してリスクをヘッジしつつ、アンサブル予測データへの適用ならびに気象制御への適用という尺度で、以上の候補の技法の取捨選択を進めます。

研究開発の重要性

大規模データであるアンサンブル予測データを有効に近似する低次元モデルの開発は、本プロジェクトが実現を目指す、「海域での豪雨生成・陸域での降雨量低減による豪雨被害低減」を計算機上で実証するために不可欠の技術となります。
制御入力の計算時間・計算量、制御の最適性の観点において、制御対象のモデルの高次元性はボトルネックとなりえます。有効な低次元化技術、潜在空間表現技術の開発が重要です。

取り組みにあたり予想される問題点とその解決策

アンサブル予測データが複合的な物理過程を内包していることから、KMDやクープマン線形化のbrute-forceの応用では、得られたデータの解釈性が問題になると予想されます。
そのため、物理過程の先見情報をうまく活用することで、低次元化や潜在空間の推定結果の解釈性について解決策を見出したいと考えます。例えば、PODによりエネルギー(L2ノルム)の意味で近似する低次元データを抽出してから、支配的なPODモードに内在する非線形性をクープマン作用素で対処することが考えられます。またDMDに固執せずに、より簡易・計算負荷の低い技術の探索を進め、リスクヘッジを行います。

メンバー

研究開発課題3-3気象情報のランドスケープ解析

研究開発課題推進者: 井元 佑介

研究概要

積乱雲の「組織化」と「非組織化」の分水嶺のような抽象的な構造を数学的な枠組みで捉えて抽出する手法を構築します。
具体的には、ランドスケープ解析に基づく気象データの低次元化技術を開発し、現象の分水嶺を特定します。また得られたランドスケープを元に実施するトラジェクトリ・時系列解析により、積乱雲の組織化方向に向かわせるために必要な気象入力を明らかにします。

研究開発方法

グラフ・ホッジ分解に基づいて、事象の本質的な力学的変化を表現するランドスケープ構造を抽出する手法と、ランドスケープ構造から分水嶺(制御可能領域)とその分岐構造(分岐を誘導する因子)を抽出する手法を開発します。その後、豪雨を対象としたアンサンブル気象予測データや実データに適用し、手法の検証と妥当性の確認を行います。

研究開発の重要性

本プロジェクトで目指す積乱雲の「組織化」と「非組織化」の分水嶺のような抽象的な分岐構造を捉えるためには、気象現象が表現する高次元データから潜在的な力学的構造を抽出する低次元化手法の開発が必要不可欠です。
グラフ・ホッジ分解は、高次元のベクトル場を大域的な流れを表すポテンシャル流れとサイクル構造を表す回転流れに分解します。さらに、一度データをグラフ化することで、次元に対して計算コストが組合せ爆発する高次元偏微分方程式の求解を回避できるため、計算コストを大幅に削減できます。さらに、ポテンシャル流れから構成されるランドスケープ構造と統計解析・時系列解析などを組み合わせることによって、各運命を導く本質的な経路やそれらの分水嶺を特定することが可能になります。したがって、本プロジェクトで開発する積乱雲の「組織化」・「非組織化」の運命を分ける分水嶺を潜在空間で特定する手法の有効な候補となりえます。

取り組みにあたり予想される問題点とその解決策

本研究では大量のアンサンブル気象予測データを用いた検証を行うため、計算量の問題が生じることが予想されます。
そこで、データ量を削減するために、データの解像度を階層的に分けることによって、一度の計算における計算負荷を削減します。また、ランドスケープ解析は潜在的な力学構造やその分岐構造の抽出は得意ですが、介入による軌道の変化といった摂動に対する現象の予測を行うには別の手段も必要です。そこで、予測を得意とする研究開発項目3の研究開発課題3-1レザバー計算、研究開発課題3-2クープマンモード分解に基づく解析結果を相補的に利用しながら開発と検証を進めます。

メンバー
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